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ジソブへの道。。。8章 その1
2010-11-22-Mon
え~ついに・・・ついに終わってしまいましたぁぁぁ←自分でびっくりしている人

この週末のあいた時間に、ちまちまピコピコ(この効果音どうなの?ですが 爆)

そいでぇ~一気にひとつの記事で8章+あとがき、とも思ったのですが、かなり長くなって読みづらい(いままでもやろぉ~という突っ込みは受付ません)

なので、その1は P276~301で
     その2は P302~331のあとがきまで
にしました^^

そして、一気に読んでいただくために、こっちの『その1』はコメ閉じています(あっ拍手は絶賛受付中~ 調子いい人 笑)

もしも~有難いことにコメントくださる場合は、『その2』の方にお願いしま~す

終わっての総評、あに、ぼやきつぶやきは、その2の方に書きますね

ではでは、とりあえず、8章前半はつづくへどうぞ~~~


今日のつぶやき
しばらくジソのオンタイム記事はお休みかなぁ
なんだか、満腹^^;
第8章   和解、愛


乙支(ウルチ)展望台

北側を眺めれば北朝鮮軍警戒所と田畑が見える
晴れた日には金剛山(クムガンサン)、昆盧峰(ビロ峰)と日の出峰のような主要峰らも見ることができるけれど
非武装地帯南方限界線で最も近いところに位置した展望台であるためだ
戦争当時激しい激戦地であったこちらは今でも軍人らが展望台周辺を守っている
展望台の下ではパンチボールの村がある
外国人従軍記者がここから見下ろした姿が花菜器のように見えるといって付けた名前だ


加七峰にある乙支(ウルチ)展望台にきた
金剛山(クムガンサン)がどうにか一万二千峰であるとするならば最後の峰で加七峰が入らなければならないのだ
忙しくスケッチをするパク・ジェドン先生のそばに座ってパンチボールの村を眺める

ここを旅行して思いつく考えは簡単には整理できない
閑静で平和なことこの上ない村や海辺、清らかで澄んだ自然、時が覆い隠すことができなかった多くのものがここを形作っている
戦争が残していった傷と悲しみのために、このように美しいところを眺めていながらもひたすら感心するだけではない現実が重く感じられる

遠くで鳥たちが飛び立つ・・・・・


昭陽湖

江原道(カンウォンド)、春川(チュンチョン)と楊口(ヤング)、麟蹄(インジェ)をつなぐ韓国最大の人工湖だ
1973年東洋最大のダムだった昭陽江(ソヤンガン)ダムを作りながらできた
面積も貯水量もすべて韓国最大なので内陸の海と呼ばれる

以前、釣りを楽しんだ時に何度か乗った丸木船に久しぶりに乗った
船が騒がしい音をたてて、水の流れを分けて進むと、結構はやい
立っていると、もう少しで中心を失って落ちてしまいそうだ
大人しく座っていなくちゃ

”行ってきま~す”

手を振ってみる
大きな魚を釣ることはないけれど、この小さい船に何でも積んできたい

それはさわやかな空気や風だけでもいい気がする


先生、頭の上にふきだしが付いてるみたいです

私が何を考えているのか一度当ててみて
ここによく来たなぁとかですか?
違うよ
お腹がすいたなぁって

*************************************

私のお父さんは青年時代、朝鮮戦争を体験した

インターネットや電話など夢見ることもできなかった時代、通信手段ということ自体が珍しかった
それで南側の小さな田舎町に暮らしている人々は国に戦争が起きたことも知らないまま、のんびりと暮らしていた
ある日、光復節記念行事を見るために多くの人々が集まっていた
突然軍人たちが押しかけて若くて血気旺盛な男たちを選んで大きいトラックに乗せて消えた
戦争が真っ最中なのに南側地方の人々はその事実を全く知らずに
国では死傷者が出て軍人数が不足するからと強制徴兵をしたのだ

お父さんも徴兵された彼らの中にいらっしゃった
戦争に出て行ったお父さんの小隊はほとんど全滅してしまった
お父さんはひとりで生き残って、そこがどこなのか方向も分からない所から家を探し回った
がくしゃらに歩いて、お腹がすけば戦争で廃虚になった家に入って塩や味噌などを食べて持ちこたえた
一ヶ月ぶりに家を見つけた
死んだものとばかり思っていた彼が骸骨のようにやせこけた姿で戻ってくると町内の人々皆が驚いた

風刺漫画家 パク・ジェドン



素敵な白髪を持ったパク・ジェドン先生は我が国の風刺漫画の伯父のようだ

鋭い警句の風刺漫評から暖かい視線で描き出した普通の人々の顔まで、彼のそのさまは鋭利ながらも決して人間に対する愛情を忘れない
彼は風刺漫画の大物、パク・ジェドン画伯というような名前で知られるよりは漫画家パク・ジェドンがいいと話す
子供たちが家に帰りたくないくらいおもしろい学校を夢見る
世の中全てのものが彼のモデルで行き帰りの時にも地下鉄の中でスケッチすることを止めない
みんな、いつパク・ジェドン先生のモデルになるかもしれないので緊張しなくては



私は出勤途中に、あちこち目が止まり次第絵を描く、路地でも地下鉄でも
絵を描けば対象と対話することになって、親しくなって、物事を大切に思うようになって、結局は愛することになる
絵を描くことは対象を愛することだ
何でもゆっくり描けばみな絵になって、ある時、私がミダスの手になったのではないかという思いにもなるけれど、事実は物事それ自体が本来黄金だということだ
          ---パク・ジェドン『人生漫画』より---


*注*  ミダス
ギリシャ神話の中で触ったもの全てを黄金に変える能力("Midas touch")のある神として知られる

現在、韓国芸術総合学校で学生たちを教えているパク・ジェドン先生は、誰よりも漫画が持っている力を信じて漫画の中のふきだしのようにおもしろい世の中を作るために描き続けている


あの・・・どのようにしたらいいでしょうか? 頭をこうして回しましょうか?

カメラの前に立つ時とはまた違った気持ちで、ぎこちなくてそわそわする
絵を描く間じっと見つめる先生の目つきが僕の全てを見抜くようだ

独特の観点で世の中を見て、またそれを表現できる先生がうらやましい
絵や文で考えや感情を表現するということは本当にすごい
僕は自分の考えを話すことさえよくできない時が多いけれど 
・・・・・쩝

会った瞬間から今まで一度もペンと紙をからだから離さずに絶えずスケッチをしていらっしゃる
先生が物事と世の中を見る目は少し違うようだ
絵に対してはよく分からないが、先生が描いた絵は温みが感じられる
どんな人でも先生の絵の中の顔は善良でやわらかい姿をしている

考えてみればそれは愛だ

世の中全てのものに対する愛と関心、そして頑張れという応援ではないか?


曖昧な空だ



心が晴ればれするような
そんな感じじゃないかい、ソ君?



あの中で僕たちを待っているのは何だろうか......




思わず口をついて出た音。。。쩝は、うぐっ とか うぅ とかのような気もするけどどうにもしっくりこないのでハングルのままにしました


フォトエッセイでお勉強 - -
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